ネウマ譜の読み方 その二

ネウマ譜の、書かれてある音の高さをきちんと読めるようになれば、ネット上にある多くのネウマ譜は参照可能な資料となる。譜を読んで旋律を知り、歌ってみることも可能だ。それである程度目的は達せられたわけだけれど、グレゴリオ聖歌集のそれぞれの曲の冒頭に数字で示されている各旋法の内容を知れば、読譜においてより旋律の理解が深まるようである。

グレゴリオ聖歌の八つの旋法

グレゴリオ聖歌で使われる旋法には、ドリア旋法、フリギア旋法、リディア旋法、ミクソリディア旋法の四つの旋法があって、それぞれに正格旋法と、変格旋法とがあり、4×2=8種類の旋法が使われる。変格旋法は正格旋法に対して音域が四度低い。終止音(フィナリス)を共通とし、音域(ambitus)を異にするのが正格旋法と変格旋法の関係となっている。

変格旋法は、頭にヒポを付けて、ヒポドリア旋法、ヒポフリギア旋法などと呼ぶ。

8種類の旋法を列挙するなら、1.ドリア旋法、2.ヒポドリア旋法、3.フリギア旋法、4.ヒポフリギア旋法、5.リディア旋法、6.ヒポリディア旋法、7.ミクソリディア旋法、8.ヒポミクソリディア旋法となる。奇数は正格旋法で、偶数は変格旋法。

旋法として、正格旋法と変格旋法の違いは大きいので、ドリアとヒポドリアのようにフィナリスで一くくりにするよりも、聖歌集の表記のように1~8の数字で考えた方が分かりやすいようにも思う。

以下に各旋法を示す。で示した音符はフィナリスで、黄色で示した音符はレペルクッシオ(フィナリスとレペルクッシオについては後述)。

ドリア旋法
ヒポドリア旋法
フリギア
ヒポフリギア旋法
リディア旋法
ヒポリディア旋法
ミクソリディア
ヒポミクソリディア旋法

ドリア、フリギアのようにもともと古代ギリシアの音階名だったものを、グレゴリオ聖歌の教会旋法の呼び名として用いるのに理論的な根拠はないようである。ほかに、protus(ニ), deuterus(ホ), tritus(ヘ), tetrardus(ト)に、正格旋法はauthenticus、変格旋法はplagalisをつけて、1.protus authenticus, 2.protus plagalis, 3.deuterus authenticus, 4.deuterus plagalis 5.tritus authenticus, 6.tritus plagalis, 7.tetrardus authenticus, 8.tetrardus plagalis と表記するのが一般的である。

フィナリスとレペルクッシオ

各旋法において、フィナリス(終止音)とレペルクッシオの二つの音が重要で、実際の旋律の動きは、この二つの音を巡って形作られる。それぞれの曲で使われている旋法を把握したうえで、フィナリスとレペルクッシオに注目してみると、旋律の動きがよりよく理解されるだろう。

正格旋法では、レペルクッシオは音域(ambitus)の中央にあって旋律中このレペルクッシオの音が繰り返し現れる

変格旋法では、フィナリスが音域(ambitus)の中央にあり、このフィナリスの音が繰り返し現れるか、またはレペルクッシオが繰り返し現れる

フィナリスで終止する。

以下は、フィナリスとレペルクッシオを示した譜例。(がフィナリス、がレペルクッシオ)

ドリア旋法 Antiphona 1. Liber_Usualis 718頁

ミクソリディア旋法 Communio 7. Liber Usualis 337頁

ヒポフリギア旋法 Communio 4. Liber Usualis 406頁

フリギア旋法 Hymnus 3. Liber Usualis 400頁

ヒポドリア旋法 Introitus 2. Liber Usualis 343頁

ネウマ譜と五線譜

ここまでグレゴリオ聖歌の旋法について書いてきた内容は、ネウマ譜で確認するとしっくりくるだろうと思う。上掲の各旋法の譜例のように、グレゴリオ聖歌の理論を五線譜で考えるのは実はあまり適切ではないとも言える。ネウマ譜で、あのように一オクターブの音階を示すとしたらそれはあまりネウマ譜的ではないだろう。そのようなところから五線譜との違いを考えてみるのも良いかもしれない。

一つ思うには、ネウマ譜はたとえ単音であってもそれを書いた時点で歌なのだと思う。ネウマ譜はただ歌を書くための(あるいは歌を書くしかない)記譜法のように思える。これについては四角符の、音価が定まっていないことも大きいだろうし、音がまとまりをもって(半ば圧縮されたように、即ちいくらか客観的な時間の概念を超越して旋律というものが)示されることも一つ。音価が定まっていないのはもちろんのこと、正確に音高を示すということもまた、ネウマ譜にとってはあまり本質的な事柄ではないのかもしれない。これらのことが、歌をあらわす、ということにつながるのではないか。五線による定量記譜との違いと言えるだろう。

単旋律について

先に、ネウマ譜が歌を表すということを書いたが、そこで言う歌とは単旋律である。その単旋律とは、無伴奏という概念に結び付くものではなく、より本質的な意味での歌の在り方としての旋律。ネウマ譜を読むことで、あらためて思うことは、単旋律を五線の定量記譜で表すことは、合理性を欠いているということ。定量記譜は、ハーモニーの必要から縦を揃えるためのもので、揺れ動く自由な旋律を定量記譜のスタイルで表す必要はないのだけれど、日ごろ五線譜に慣れ親しんでいると、本当の意味で単旋律というものに出会う機会がないのではないだろうか。

音楽の、あるいは旋律というものの基本なり、基礎を知るためには、五線譜というものを離れる必要がある。そのような意味でも、ネウマ譜を読むことに価値はあるのではないかと思う。

ネウマ譜の読み方 その二

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

トップへ戻る